こんなんでもいっか。

今までのはちゃめちゃな人生を通して、今、思うこと。

強さも弱さもなく、普通も異常もなく。

 残酷だなぁ…と思う。

 

 私たちが学んできた場当たり的な生き方も、

 

 私たちが、どこか忌まわしいとさえされる世界を生きていると思われてしまうことも。

 

 

 「弱さを見せられる人は強い」とかさ、

 

 その言葉通りに、弱さを開示してヘルプを求めたら、困ったような、どこか面倒くさそうな顔をする人はたくさんいるのに。

 

 そもそも、

 「強さ」って何?

 「弱さ」って何?

 

 「強い」って何だろうね

 我慢する力?耐える力?やり抜く力?

 

 「弱い」って何だろうね

 逃げること?諦めること?上手く出来ないこと?

 

もう、よくわからないよね…

 

 普通って何だろうね。

 

 異常(狂ってるの意)って何だろうね。

 

 私にとっては、複数の病気の治療のために、

毎日服薬して定期的に通院するのも、アレルギーや喘息があるから毎年この時期はコロナ禍の前からマスクをするのも、養育不全の家庭から、一時保護されて施設で暮らした経験も、目が悪いのも、成績が悪いのも、読書が好きなのも、

いなり寿司が大好きなのも、ぜーんぶ、普通のこと。

 

でも、誰かにとっては、「若いのに病気が多くて大変だね」と感じることかもしれないし、

精神疾患は気合が足りんだけだ!」と喝を入れたくなることかもしれない。

「子どものときに親と暮らしていなかっただなんて、『あり得ない』、『想像がつかない』」と思うことかもしれない。

「目が悪いのは、今の子どもはスマホばかりだから…」となるかもしれないし、「成績や学歴は人生の全てだ!」と思われる方も居られるかもしれない。

読書に縁がないけど「イラストを描くのが好き」という同年代もいるし、「いなり寿司好きなん!?渋っ!」って驚く同年代もいるかもしれない。

 

自分が反対の立場になることもあるだろう。

 

 

 

結局のところ、

 

マジョリティもマイノリティもなく、

 

普通も、狂ってるも、明確な線引きは出来ず、

 

みんなどこかは、マジョリティで、

マイノリティ。

 

みんなそれぞれの「普通」を抱えて日々を生きていて、

でも誰かの「普通」は他の誰かから見たら、

「異常」なのかもしれない。

逆も然りだろう。

 

 

 私たちはどこか残酷さを伴う日々を普通に生きている。残酷さを伴う日々が普通なんだよ。

 

 相手が児童虐待に対応している専門職でも、

通じ合えない瞬間はある。むしろ、たくさんある。

 

 「親を家族を敬えない」私たちは、

 「自分を傷つけたり自己破壊的な行動を取る」

 私たちは、

 

 「親から虐待を受けた」とういう事実を語り、

 助けを求めた私たちは、

 狂っていると思われてしまうのかもしれない。

 

 でもそれが普通なんだ。

 「そんな話聞きたくないよ」という顔をされても、

 「そんな…でもまた親御さんと分かり合える日が…」と言われても、

 

 「許してあげて」と言われても、

 

 そう言葉をかけてきた方々からは、見たくない、忌まわしい世界であっても、

 

 私たちは普通なんだ。

 

 人の数だけあるのが普通。

 

 「ふつう」という言葉が、

 「普通」と「異常」を分けて、世界に線を引いて、誰かを排除するための言葉になるなら、

 

そんな言葉は消えてなくなれ…

 

そう思いながら日々を生きてるところ。

 

 

 

 

 

 

ひとりぼっちと思ってもいい。

「あなただけじゃないから大丈夫」

「あなたはひとりじゃないよ」

 

などと何度も言葉をかけてくれる人がいた。

 

その時、「この人は暖かい人だな」と思える人も

勿論いた。

 

でも、その言葉の受け取り方がわからなかった。

 

「ひとりじゃない」のに、

時間が経つとともにやっぱり、

 

「私はひとりぼっちだ」と感じてしまう。

 

 

そんな自分が嫌いだった。

 

 

でも、今なら、

 

 

「ひとりぼっち」だと思ってもいい。

 

「ひとりぼっちになりたくない」と泣いてもいい。

 

「この人は暖かいなー」と思う人が私は好きだ。

 

「〇〇さんのこと、頼ってみたい」と地道に信頼関係を築いてくれた人が私は好きだし、

上手く言葉にしきれないけど、色んなことを伝えたい。

そういう人たちと一緒にいたい。

 

 

そう思う自分を許せることが増えた。

 

 

「助けて」と手を差し出すことも、

差し伸べてくれた手を握り返すことも、

一度握り返した手を放すことも、

差し伸べてきた手を断ることも、

握り返した手を、おっかなびっくり、

握って放してを繰り返しながら、

少しずつ握る力を込めることも、

握った手から誰かの手に繋がれていくことも。

 

そして、いつか誰かに手を差し伸べることも。

勇気を振り絞って握り返してくれたその手を

また他の誰かの手に繋いでいくことも、

手を握り返してくれるのを待つことも、

私では握り返せないとしたら、

他の誰かの手を探し紹介することも、

その手を繋ぐことは出来なくても、

何がその時の自分に出来るかを考えることも。

 

 

人を信じるか信じないかは、

私が決める。

 

どんな人になりたいか、

それは私が日々を生きながら自分の頭で考える。

 

ひとりぼっちでも、いい。

寄り添おうとしてくれる人の言葉を上手く受け取れなくてもいい。

 

そう思えるまで長い時間がかかった。

何人かの人が「るあさんの気持ちはどれも間違いじゃない」って、

「どんな気持ちも受け取り方も大丈夫だからね」と変わらず伝えてくれたから、

そう思えた。

 

何が正しいか何が間違ってるかなんて、

人の数だけ正解があると思う。

 

今の私は、

誰かがいるか、居ないかに関わらず、

「私はひとりぼっちだ」と思う自分も、

 

「〇〇さんと一緒に居ると安心する」と思う

自分も、

 

どちらも私だと思うことにしてるし、

OK(許可)してる。

 

また生きてみよう。

 

明日を、明後日を。

どんな人も攻撃性も持ち併せている。

 複数の種類の発達障害(正確には一部アタッチメント障害との鑑別がムズい状態)を有している私なので、偏見を持たれてきた経験は多くて。

はい。

 

 なんというか、偏見を持たれるのは、診断名自体にもなんですがね、

特性と呼ばれることに対してもでして。

 

 不注意・多動衝動性が強い=「この人はADHD

 ん??この一言で済ませてしまうのは、

 ちょっと乱暴ですよね🤦‍♀

 

 コミュニケーションが苦手、人を避け上手く 関われない、切り替えが遅い=「この人はASD」 これも、ちょっと乱暴ですよね🤦‍♀

 

 ASD/ADHDの人はみんな〇〇が苦手だから、

こういう対応を、ってそれもなぁ。

 

 そもそも、ASD自閉症スペクトラム障害)とADHD注意欠陥多動性障害)に近い特性(症状)がある私なので両方とも心理検査を受けたんですが、一つの質問の答えだけで、

「あなたはASD/ADHDです。」とは決まらないんですよね。

 

下手すると質問が何十問も書いてある用紙に地道に丸をつけていく作業をして。

地道に昔を振り返りながら、今の困り感も思い出しながらと、ちょっとハードだったりもして。

 

+で知能検査なんかもあるから私はヘトヘトでした。ほんとに(泣)

 

その質問用紙の回答から病院の臨床心理士(若しくは公認心理師)が得点を集計して、それを踏まえて、基本的には担当の医師が診断名と特性を伝えることになっていまして、という訳ですね。

(医師だけでなく心理士さんも結果を伝えてくださることもあるかもしれません。検査結果を見やすく報告書としてまとめて下さる場合もあります。)

 

当事者(若しくはご家族や養育者)と医師や心理士と決められた手順を踏まえて大変な思いをしながら、それでも協力しあって可視化していくんですよね、診断名になり得るものも、凹凸の具合なども。

診断を受けるまで絶望し、葛藤してきた道のりもそれぞれある訳で。

 

学校に通われている年齢であれば、このプロセスでも、子さんの学校の先生に協力していただける場合もあるのかもしれません。

 

決して見たことから一言で言えるものでは無いんですよね。診断名も特性も。

 

 

 どんな人も攻撃性も持ち併せている、という

タイトルですが、

 

"心の中にある全ての偏見を消せ!"というのも、下手すると、独裁的な方向に向かう危うさがありますよね。

 

その中で、攻撃性という名の偏見を持ちつつも、自分が持つその偏見をいかにその人に向けないか、それが大事だなと思うこの頃です。

 

障害があること、病気があること、

 

産みの親と暮らしているのかいないのか、

 

パートナーがいるのかいないのか、

 

自分が生まれた時の性別についてギャップがあるのか、無いのか。

 

自分の親という立場の人が一人なのか二人なのか、それとも、もっと沢山いるのか、

 

どこの国に自分のルーツがあるのか、

 

自分の子どもが生まれてきた時に何かあったのか

無かったのか、

 

背が高いのか低いのか、

 

 

車椅子に乗って移動しているのか、

生まれつきの多動傾向によって、いつも走り回っているのか。

 

生まれつきのこと、生育歴のこと、病気のこと、他にも多くのことが、その人の力だけでは、

そこに向き合う人の力だけでは、どうにもならないことですよね。

 

 

生きていて人を嫌ったり疎ましくはみんなあります、きっと。

 

 

でも、その鋭利な言葉や感情をわざわざ人に向ける必要もないですよね。

 

 

障害を有している私も偏見を持つことはあります。

私も人を嫌うことはあるし、疎ましく思うこともあります。ひとりの人としてあります。

 

でも、

"その偏見をいかにその人に向けずにいられるか"

"自分の無理解によって人を追い込んでしまわないか自制・自省していくこと"

 

それが生きていく中で大切だと思いました。

 

偏見を意識的に向けてしまっていないかということだけではなく、無自覚な偏見を持っていないかということに対してもです。

 

後は、「私は人に偏見を持つことはない」と豪語せず、

「知らないこと」に対して、「ごめん、わからない」ときちんと言える力が、

知ったかぶりの自論で相手の大切なことに踏み込んでいかない制御力が、人を守ると思います。

 

 

 

"偏見を無くす"というゴールは限りなくできないに等しいでしょう。

 

でも、社会的養護、障害、病気など、私が広く伝わっていってほしいな、と思っていることをここで言葉にしていくいくことが、

この文章から何を感じ取ってくれる人が少しずつ増えていくことが、

少しでも誰かの生きづらさに寄り添える力に変わったら嬉しいです。

 

(めちゃくちゃ拙い文章を書いてる分際で何を言ってるんだ、私は)

 

ちゃんと、向き合うから。

  1. まえがき
  2. 私の障害受容についてのエピソード(激しく揺れています)
  3. 最後に伝えたいこと
  4. 最後の最後に

 

 

私が始めて「あなたには、精神障害があります」と言われたのは、小学校高学年の時で。

 

正直に言うと当時は、「障害」という言葉に少しも偏見がなかった訳ではなくて。自分には生涯、無縁なもの、無縁でありたいものと思っていた節があった。

 

この文章から悲しい思い・辛い思いをさせてしまいましたら、本当に申し訳ありません。小学校高学年の時からの気持ちを振り返って書かせていただいております。以下これからの気持ちの変化を書き記して行きますが、「これ以上読むのは辛い」と思われましたら、戻るボタンを押していただけますと助かります。

(当時告知された障害名は解離性運動障害の
一種です。)

 

 

初めての障害(病名)告知は、小児科の先生が

わかりやすい言葉でしてくれた。

総合病院の小児科で初診から身体の精密検査まで診てくれたB先生が、
「るあちゃん。るあちゃんには〇〇障害っていうのがあってね、それは、身体は元気で問題はないんだけど、きっと辛い思いをしたのかな?それで気持ちがしんどくなったのが、身体の症状として出ているの。ここの小児科には、るあちゃんみたいに辛い思いをしている子を診てくれる先生もいるんだ。だから今度その先生のことを紹介するから会ってくれるかな?」と。

 

こんなんで、障害告知なんて大袈裟なのかもしれない。

でも、でも
まだ今より小さかった私にとって、
それは充分に重たいものだった。

 

「障害」
それは、今まで自分には関係ないと避けていた言葉だったけど、

 

その瞬間、

 

「障害」という言葉を受け止められるのは

 

私しかいない

 

私が一人で全て受け止める。

 

と思考をかなりのスピードで切り替えた。

 

当時はまだ親元で暮らしていたが、

 

両親は「障害」という言葉を忌み嫌うような人たちで、

あの人たちが絶対受け止めることではない、目を背けるであろう、否定するであろう。

と瞬時に悟った。

 

(外面だけは良い人たちだったので病院には付き添いに来ていたが)

 

そしてこの悟りは正しかった

 

そこから、もう何度か障害告知と呼ばれるものを受けた訳で。

 

診断名が多いのは、誤診も多かったり、家庭内の環境が危険なのを見過ごされ続けたのもあった。

 

障害名を告知される度に、
「あー、そうだろうな」という納得した気持ちと同じ程、支えてくれる味方が誰もいないという強烈な心細さに苛まれたことも忘れられない。

 

その中で、
「私は、自分の障害から目を逸らさない。ちゃんと自分で受け止める。向き合う」という気持ちは何が何でも持ち続けていた。

 

「ちゃんと自分で受け止める。向き合う。」という強い気持ちの"原点"は、


恐らく、何でもかんでも人のせいにして、人任せな両親を反面教師にして、

 

心の中で心底全力で抵抗し、

 

私はあなたたちと違う

 

と証明したいという「怒り」だったのかもしれない。

 

 


障害受容という言葉がある。

何度か障害名を告知された中で、決して簡単なことではないと痛感するようになった。

 

「言うは易し、行うは難し」がという言葉がまさにぴったりで。

 

障害の状態は年齢や環境と共に変わっていくからこそ、障害受容は生きている限り続く。

 

受容というと、もはや難しすぎると思うようになった。

「しょうがないや」と
"折り合いをつけていく"のかな、と私自身は感じるようになった。

 

目を逸らさず、逃げたくなっても向き合おうと

していくこと、向き合おうとし続けること、それ自体が何よりも大切だな、

と、今は思う。

 


ここまで長くなってしまいましたが、

お読み下さって本当にありがとうございます。

 

拙い文章かつ、苛烈な言葉もある中で読み進めて下さった方には感謝の気持ちでいっぱいです。

 

最後に伝えさせて下さい。

 

(以下に書いて行きます、
"ご自身にとって大切な方"は家族に限りません。虐待やDVなど家族の関係の中で傷つくなど、私の過去のように例外的な場合も勿論ありますので。)

 

障害を有する方と関わる全ての皆様へ

 

医療機関として、福祉機関や教育機関として、
身体障害・知的障害・精神障害を有する方々と関わる機会が多くあると思います。

 

病院の先生として、看護師さんとして、福祉機関の職員さんとして、学校の先生としては、もしかすると、何度も出会ってきた〇〇障害の子(人)の一人に過ぎないかもしれません。

病院の先生であれば障害名を告知をすることは、日々の診察の中でも少なくはないのかもしれません。

 

でも、当事者として、障害告知は何度受けても、自分の人生が大きく変わる程の経験になりましたし、自分という大きな枠組みの中の一要素としての〇〇障害にはなりますが、やはり大きな衝撃を伴うことです。

私にはまだパートナーも子どももいません。

でも、ご自身にとって大切な方の障害告知を受けたら凄まじい衝撃を受けることは痛い程、想像出来ます。

 


医療機関の方々へ


"障害(診断)名"を告知される側の
揺れを軽視しないで下さい。
当事者として告知後、数カ月の間に死にたくなったことも何度かあります。それだけ大きなことです。

 

ご自身が障害告知を受けたのではなくても、
ご自身が日々必死に向き合われている大切な方が障害告知を受けたのであれば、その時に苦しくない方はいないのではと思います。
障害告知までもとても苦しい日々を歩まれてきたと思います。

 

告知を受けた側は、
当事者として自分のこれからの人生に、
ご自身にとって大切な方とのこれからの人生に、
必死に向き合っていくことになります。

学校は、仕事は、これからどうすればいいの?
偏見の目で見られるのが怖い。
色んな気持ちになるのでは、と思います。

 

決して軽微な衝撃ではないはずです。

 

 

 

福祉機関の方へ

「あー〇〇障害の人にはデイケアとかあるよ?みんな行ってるし行ってみなよー」

私は障害を有する、"一人の人"です。
心を持った一人の人です。

 

障害の有無に関係なく、どんな人も心を持った

一人の人です。

 

〇〇障害だから
ではなく、
同じ障害でも特性は人それぞれです。

〇〇障害だから□□な人生を歩むのではありません。
私だから、今自分の人生を歩み始めています。


〇〇障害の人は△△が向いているはずだ、
と決めつけないで下さい。

デイケアが悪いと言う訳ではなく、障害の状態や体調によって人それぞれ向き不向きがあります。デイケアでの活動が向く方もいらっしゃれば、向かない方もいらっしゃると思います。

またデイケアであれば、利用の可否は主治医の判断によるものになります。)

 

 

 

最後の最後に


月日とともに変わっていく障害と折り合いをつけながら、自分の人生を歩んでいく日々を続けていく。

決していつも明るくなくていい。

いつか、「わたしは、どんな時もひとりじゃない」と感じられればいい。


今もどこかで、誰かの真摯な姿が、
震えながらうずくまっている誰かの心と身体を抱き締め、暖めてくれていますように。

将来困ったのは勉強が出来ないことじゃなかった。

「勉強しないと将来困るぞ」

「あんたのために言ってるんだ」

「そんなことも出来なくて恥ずかしくないのか」

「お友だちより下手で恥ずかしくないの?」

 

割と親や一部の学校の先生よく言われてきた言葉だった。

 

当然だが、勉強は得意なことに損はない。

 

勉強以外のことでも、何か得意なことがあったら楽しいだろう。

 

 

でも、

当時、将来と呼ばれていた"今現在"を生きる上で私が困っているのは、

 

人や周りの環境に怯えてしまうことで。

 

 

数学が、英語が、社会科が、理科が、古典が出来ないから、体育や美術が苦手だから、とうのはある程度まで大きくなると、正直、他の方法で代用できる訳で、困ることも少ない。高卒後に私は数学の関数を使う職業に就いてはいないし、生物や物理の知識もほぼ使っていない。

 

それでも、どうにかなる。

 

でも、人との関わりが怖いと、周りの環境からの光や音、触り心地などの物理的な刺激に弱く、

また環境の変化が怖く適応するために気力と労力を大量に持って行かれるのだと、

 

その方が困ってしまうのである。

 

この時期、「節分の鬼に小さな子どもが泣く」という場面は多いが。

 

泣いてる子どもを面白がるのは良くないと思う。本来、節分は子どもを泣かすための行事では無いし。

 

私が節分で泣いたかなんて記憶にもないし、

節分で何かをしたか?という記憶も、小学生の時の節分の行事で、鬼のお面を着けた教頭先生か誰かに向かって「鬼はー外!」と全力で豆を投げつけたことぐらいしか残っていない。

 

でも、泣き叫ぶほど怖くて極端に嫌がっていることをさせられた挙句、ネタにされるのは決して良いことではない。

 

まだ私が小さい頃、当時の私にはこれを見せたらギャン泣きする、という物があって。

何故これで泣くのかもわからないし、ギャン泣きする顔が面白いという理由もあって、何度も見せて私を泣かしたというエピソードは、親戚の集まりで度々笑い話として親の口から上っていた。

 

結局のところ、未だにその物品やその物品の色を見るのもキツイ訳だし。

 

何度、「やめてよー(汗)」と言ってもいきなり身体を触られたら(向こうは親子のスキンシップ?だと思っている)、医療行為など必要なはずの人との身体接触が怖くなるわけだし。

 

容姿を散々disられたら、親に隠れて家ではない場所で食べ吐きすることになり。その面影も残っていて。

 

親や教師などの大人たちからの暴力や暴言で行動を調整していたら、暴力・暴言の無い世界でも生きることが怖くなってしまった。

「今は何もされなくても、いつか、この人からも何かされるのでは…」、「殴られないことに裏があるのでは…」と。

 

 

 

 

成人後の私を苦しめているのは、決して勉強が出来ないことでは無かった。

 

人が怖いということ、周りの環境が怖いこと、

生きることが怖いということなんだ。

 

生き方がわからないんだ。

 

勉強が得意ということ自体に何も損はない。

知識は人として生きる中で強みに変わるし、何をどれ程学んできたかは、職業選択にも大きく影響する。

 

運動が得意なら健康を保つことも苦手な人よりスムーズかもしれないし、芸術的な活動が得意なら沢山のことに感動したり、その得意を使って思いっきり余暇を楽しむことが出来るかもしれない。

 

 

でも、私はそこに行くまでの、もっと根本的な部分が激しく欠落している。

 

普通の人としてその場に溶け込み、普通を演じることは出来ても、何か大きな欠落があるからこそ、穴に落ちた瞬間に身動きが取れなくなる。

 

私が将来困ったのは、

勉強が不得手だったことではなく、

自分の気持ちが分らず、自分を生きることが出来ない、ということだったんだ。

 

 

 

 

 

 

障害を有するということ。

障害を有するということ。

 

そういう自分と生きること。

 

周りの大切な人に障害があって、その人と生きること。

 

決して簡単ではない。

 

 

"障害を有する"それは何を意味するのか。

 

障害、と一口に言っても様々な種類がある。

 

障害者手帳だけでも3種類。

 

身体機能の障害を有する方、若しくは内臓に機能障害が起きる内部障害を有する方も、

身体障害者手帳を取得されるかもしれない。

 

知的障害を有する方、もしくは脳性麻痺等の先天性の身体障害に伴う知的障害を有する方、知的障害だけでなく発達障害も併発している方も、

療育手帳を(も)取得されるかもしれない。

 

精神疾患と呼ばれる病気(気分障害統合失調症、パーソナリティ障害、ストレス関連障害など)を有する方、知的障害を伴わない発達障害

(チック症やトゥレット症候群を含め)を有する方、てんかんをお持ちの方、なども、

精神障害者保健福祉手帳を取得されるかもしれない。

 

こうやって、つらつらと書くと、

一口に「障害」と言っても様々な状況の方の姿が思い浮かぶかもしれない。

 

障害を有するということはどんなことなのか。

 

私には外見からわかりにくい障害がある。

 

その立場からして書いてみたいと思う。

 

 

相手の"これくらい出来て当たり前"という「価値観」に上手く適応しきれないことが障害だと感じている。

 

出来て当たり前は、人それぞれなのだが、

 

私は視力が悪いなりに眼が見えるし、日常生活に困らない程度には耳も聴こえる。それが私にとっては当たり前のことになってる。

 

でも、視覚障害を有する方、聴覚障害を有する方はどうだろうか。矯正器具を装用すると少し見える弱視なのか、光を感じることもなかなか難しい全盲と呼ばれる状況か、補聴器を使ったら少し音が聞き取れるのか、補聴器を使ってもなかなか音が聞き取れない状況か。

 

それぞれに幅はあるものの、

私の当たり前はその方々と違うものになるであろう。

 

私には外見からわかりにくい障害がある、と言った。

 

私は歩くことも走ることも人並みに出来る。

でも、微細な運動の殆どは年齢の平均から見ると恐らく極端に苦手な状況だ。

ボールを投げるなど、下肢と上肢をスムーズに動かしつつ、目で目標の方向を追う(見る)という

身体の複数の器官を協調させながら動かす、

協調運動もかなり苦手だ。

体幹も強くない。

 

 

でも、私は身体障害者ではない。

 

それは、筋肉にも骨にもなんら問題はないからである。

 

私は近視があるとは言え、物を見ることに対して、例えばメガネやコンタクトなどの矯正器具があれば問題はない。

視力を司る器官に大きな問題はない。

 

でも、目で見たことを覚えることが苦手だ。

本に書いてある文章を追うことも苦手だ。

小中学生の時は、国語のテストの漢字は読めるし、問題なく書けても、何故ペケをつけられるのか、どの部分を書き間違えているのかわからない漢字が何個かあった。

 

見えていても、見きれないし、わからないのだ。

 

 

障害を有するということは、相手の"これくらい出来て当たり前"という「価値観」に上手く適応しきれないことが障害だと感じている。

 

と書いた。

 

そして、その"相手"と呼ばれる対象が割と大多数なのである。

 

だから、外見からわかりにくい障害を持ちマイノリティとされることの多い私も、時に大多数を占める側、すなわちマジョリティにもなる。

 

私は、先天性なのか、小児期逆境体験故の後天的なものなのか、判別は殆ど出来ないに等しいが、

発達障害、と呼べる状態を示している。

 

気づけば、「何でこんなことも出来ないの?」と言う言葉をかけられていることもある。

 

SNSで「発達障害あるある」というワードや、「私ADHDなんで(笑)不注意なのー。ごめんー、許してー笑」という言葉も時々目にする。

 

発達障害を有するとは言え、人間なので、

同じ障害名でも困っていることなどは大きく異なる場合も多い。

 

100人いたら100通りの特性組み合わせがあるから、

「あるある」が全てでは無いと思う。

 

(以下の文章は発達障害(グレーゾーン)や軽度知的障害(こちらもグレーゾーン含む)、精神疾患など外見からわかりにくい障害や疾患の診断を受けているということ等、障害や疾患を有していることや、その可能性が高いを前提に)

 

でも、「何でこんなことも出来ないの?さっきも言ったよね?あなたいくつ?」と

大多数とされる相手の"当たり前"とされることがらに上手く適応しきれないのであれば、

発達障害(グレーゾーンを含む)や軽度知的障害(こちらもグレーゾーンを含む)の特性なのかもしれないし、

この記事に書いていない別のカテゴリーの困りごとがあるのならば、何かしらの精神疾患を有している故なのかもしれない、と私は感じた。

 

人間として生きるからこそ。

十人十色だからこそ、「あるある」だけでは決して括れないものだと思う。

 

そして、「私、ADHDなんで(笑)不注意なのー。ごめんー、許してー笑」は診断の有無に関わらずアウトだと思う。

 

相手に完全に頼るのではなく、成人であれば、

不注意に対して、自分の力や、インターネットでの情報収集、若しくは医療や福祉の力を借りることで、でできる対策はあることは確かだ。

 

そして、何より、

自分は仕事上でも失くし物が多くて不注意だなー

ADHDかも?

→(まあ誰かに頼ればなんとかなるから、検査とか診断とかは受けに行くつもりはないけど)ADHDって言えば許されるだろう

 

と言う障害名を自分の失敗の免罪符にするやり方は、

 

ADHD(注意欠陥多動症)の特性で本気で悩んでいる方々に失礼極まりないので、

本当にやめてほしい。

 

 

上手くまとまらないまま、つらつらと書いてしまった。

 

伝えたいこととして、

相手の"これくらい出来て当たり前"という「価値観」に上手く適応しきれないことが障害だと、今までを生きてきた中で感じていること。

 

加えて、障害を免罪符として使って相手を頼りきり依存するのはアウトだ、ということも伝えたい。

 

障害を有する自分と生きること。

 

障害だけじゃなく、色々な側面がある自分と生きるということ。

 

難しいながらも、明日に向かって、今日も歩を進めていく。